メモ-028A

 ああ、どうぞ。開いてますよ。時間ぴったりですね、ああいやいや、すみません。早く来すぎたなんてとんでもない。つい癖でね、五分前行動というのが抜けんのです。長年の習慣というやつですね。
 どうぞどうぞ、おかけになってください。今、お茶も持ってこさせますから。ああ、コーヒーの方がよければ、ああ、はい、ではコーヒーで。

 えぇと、鈴木さん、でしたね。どうも、お電話ではご丁寧に。いやあ気になさらずに。客員教授とはいってもね、実際に講義を受け持つのは月に数えるほどですよ。それなのに、こんな部屋までいただいちゃってね、給料泥棒とののしられるんじゃないかと戦々恐々ですよ。ははは。鎮守府上がりはわりと大学やら研究所やらに重宝がられてましてね。まあ、あちこち顔が効きますから。どう見ても天下りって感じですがね。ははは。
 
 鈴木さんがお聞きになりたいのは、ケッコンカッコカリでしたっけ。この手の雑誌ってまだまだ元気があるんですね、いやぁ懐かしい。戦時中は、よく見たものですよ。あのころは今よりもっと数も種類も多かった。ああ、ほら、どう書かれてるか、確認しないとね。そういう仕事でしたから。ええ。

 ケッコンカッコカリ、とカタカナでしたけどね、あれは魂を結ぶと書いて結魂なんですよ。なんでそんな呼び名かといいますとね、まあばかばかしいとお笑いになるかもしれませんが、艦娘と提督の魂を結びつけるためなんですな。だから結魂。まあ単純なネーミングです。
 艦娘というのは、ご存じの通り、かつての軍艦に宿る英霊たちの精神の集合体、いわば艦の魂のようなものをこの世に呼び出して、よりしろである少女に取り憑けると、そういうものです。この艦の魂を宿す限りは、少女は艦娘として戦うことができる。でも、魂を宿してある特別性の艤装をはずせば、ごく普通の、人間の少女に戻れると、つまりまあそんな風になっていたわけです。表向きですがね、その辺はもうご存じでしょう。ああ、ですね、なら話は早い。
 そう、艦娘は、普通の少女なんかじゃなく、最初から艦娘として生産させた工業規格品ですよ。人のかたちはしていますがね。そのおかげで、いらんトラブルも起こりましたが、まあ仕方ありませんね。
 しかし、外野がなんと言おうと、艦娘は、ありゃあ兵器と同じ、いや兵器そのものでしかないわけです。金属でできているか、血と肉でできているか、それだけの違いです。ええ、ええ、そうです。
 とはいえ、よりしろになれる少女は貴重でしたからね、誰でもよかったわけではないんですよ。そんな貴重な素材をね、うっかり戦場で死なせちゃあ元も子もない。よりしろ探しからやり直してたんじゃ、人類はあっと言う間に追いつめられて全滅です。だからクローン体を作って量産したわけです。でなきゃ、同じ顔した人間が、あんなにぽこぽこ世にわいて出るはずないでしょう。まあ、工廠の中でも、素体生産部門は提督たちは滅多に入れませんでしたからね。話としては知ってても、実感のない人もいるかもしれません。

 話がちょっとずれましたが、ケッコンカッコカリですね。いやあ学生たちにも話があっち行ったりこっち行ったりするとよく言われちゃいましてねぇ、なにくそと思うわけですが、まあこればっかりはね、年をとった証拠なんでしょう。ついつい、あれこれ話してしまう。はは、いけないいけない、またついうっかり。ははは。

 コーヒーのお代わりはいかがです? 遠慮なく。意外とおいしいでしょう。いいコーヒーメーカーを買ったんですよ、教授たちの自費で、カンパしあってね。いやあ、さすがにね、お国のお金を嗜好品に使うわけにはいかないですよ。腐っても国立大ですから。

 そうそう、で、どうして艦娘と提督を結魂させたか。うーん、どうお話すればわかりやすいかな。
 あのですね、鈴木さんは、一人の軍人を一人前に育て上げるのに、いくらかかるかご存じですか? ああ、いえ、時間ではなくてね、お金です。お金。
 生臭い話で恐縮ですがね、要は、来るべき日のために備えて、提督の教育と補充、それをあらかじめやっておこうってわけです。予備役というやつです。それの魂版とでもいいますか。実際、二人分の魂を使うことで、因果も強まり、艦娘のスペックも向上しましてね、一石二鳥というやつでした。ああ、いけない、鈴木さん、予備役はご存じですか、ああ、ご存じですよね、これは失敬。それなら結構。

 艦娘は艦の魂を呼び出すことで作れます。その艦娘と提督の魂が深く、まるでひとつのもののように強く結ばれていれば、艦の魂を呼び出すだけで、一緒に提督の魂もついてくるってわけです。互いに呼び寄せ合う、という表現が使われましたな、そういえば。
 要するにね、我々は、深海棲艦との戦争が、そう簡単に終わるとは思っていなかったわけです。今だってそうです。また、いつ、海からあの化け物どもが襲ってくるか、それは誰にもわからんのです。
 あの戦争は無事に終わったからいいようなものの、もしかしたら、まだ続いていた可能性がある。平和とは、戦争と戦争の間の空白期間にすぎないと、そう考えるわけです。我々はね。何せ、相手は人間じゃありませんから。こっちの予測も予想も期待も裏切りますよ。そういうことは、何度だってありました。いくらでもね。そんな話、聞いたことあるでしょう?

 提督だって、いくら海域には出ないとはいえ、人の子です。病気なり事故なり、死んでしまう可能性は十分ありうる。実際、提督の中途自殺率もね、意外と高かったものですから。艦娘はクローンですからね、まあこっちはいくらでも用意できる。しかし、人間である提督はそうはいかない。一人前にするのに、時間も金もかかる。これを思いついたのは、えぇと、たしか田中とかいったかな。最初は突飛なことを言い出すものだと思いましたがね、そもそも魂なんてものを武器にしてるんだから、今さら突飛もなにもないですよ。おかしな話でしょう? ははは、こうして話すとね、どうにも胡散臭いですがオカルト話ですがね。

 しかし、提督本人たちに、結魂計画の内容を話すわけにはいきません。嫌がる者もいるでしょうし、自分たちまで兵器扱いなのかと不満も出るでしょう。まあ死んだあとの魂に人権があるのかどうかっていうのは、議論の余地はあるかもしれませんが、艦の魂をこき使ってる時点で、結論は見えているでしょう。死んだらモノですよ、モノ。

 とはいえね、人間を相手にするものですから、イメージというのが大事です。気持ちよく、死後の魂を進んで捧げてもらえるようにね。そこで、結婚をイメージさせるような式を組んだというわけです。ああ、式というのはですね、術式、儀式、そういったものだと思っていただければ、だいたい合ってます。はい。そう。儀式の式、ですね。

 だまし討ち。ああ、そういう言い方もできますね。まあ、しかし、実際には喜んで艦娘と結魂した者がほとんどですからね、いいんじゃないですか。望んでやったことなら、後悔もまた甘美なるもの、というやつです。
 だってほら、艦娘は普通の少女だということにしてましたからね、それがともに戦う提督と結ばれるとなれば、そりゃあ絵になるでしょう。戦場のロマンス、生死を賭けた戦いの果てに生まれた愛、なんてね。ははは、三文芝居もいいところだ。ははは。いやはや。ははは。

 え、わたしですか? いやあ、さすがにね、艦娘の中身を知っていたら、結婚だなんて、そんな、とてもとても。おぞましいやら痛ましいやら、無理ですよ。そんなのは。生涯の伴侶扱いなんてね。まあ、現地妻というか、ダッチワイフ代わりにしてたのもおるようですが。穴は人間と変わらないですからね。はは、まあその辺はご内密に。ははは。

 鈴木さんも、ごらんになったこともあるかもしれませんが、そりゃあケッコンカッコカリは絵面もいいですから、華やかに広報記事にもなりましたよ。前途洋々たる、人類の希望を背負った青年と、人類のためにその身を呈する可憐な少女、という感じでね。こういう時、艦娘が少女のかたちをしているというのは、非常に便利でしたね。あれはよかった。実際、艦娘の見た目に引かれて鎮守府を志願したものも少なくなかったですから。ああいう女の子に囲まれたいって願望があるのがね、ははは、まあ男ですからね。ははは。

 ええ、実際には、そうですね、ご指摘のとおり、提督には女性も多くいましたが、ほら、なんでしたっけ、あの条約。ああ、そうそう、「自由な性と自由な結婚のための国際条約」、それです、それ。ああ、さすが記者さんですね。するっと出てくる。さすがです。まあ、あれに批准したおかげで、同性でも結婚可能になりましたからね。私にはそういう趣味はないものですから、どうにもピンとはきませんが、まあ幸せになる若者が増えるというのはよいことです。そういう希望がね、未来を生みます、それは間違いない。
 まあ、それはさておき。もしかしたら、人類のためというより、そっちの方、艦娘目当ての者の方が多かったかもしれません。いやあ、さすがに志望動機にそんなことを挙げるのは、滅多にいませんでしたけどね。いいんですよ、動機は不純でも。生き残ろうとするのが大事なんです。死んだらおしまいですからね。ああ、でも、結魂した提督なら、死後も行き先は決まってるし、安泰ですよ。軍人として、ですが。
 
 おっと、もうこんな時間ですか。いや、長々ととりとめなくて申し訳ない。こんな調子で記事になりますか? いや、それならいいんですが。お役に立てれば。ご不明な点があれば、いつでもどうぞ。ははは、ええ、暇ですから。

 そうそう、鈴木さん。最後に少し。

 記者の振りをするなら、もう少し名刺に気を使いたまえ。今日び、胡散臭いフリーライターでも名刺も偽名も、君よりまだマシなものを使っているぞ。
 それと、目だ。提督上がりは、皆、君のような目をしている。すぐわかる。
 何を知りたかったのかは、おおむね見当がついているが、いいか、死ねば逃げられると思うな。
 君は提督だ。それを選んだのは君自身だ。
 以上だ。下がってよろしい。
 それじゃあ鈴木さん、どうぞお元気で。